プロフィール
プロフィール
2023月9月21日
私は1988年3月にカトリック教会で受洗しました。学生の頃は無神論の実存主義を信じていましたが、結婚し子育てに迷い、若い時に結論を出した「神はいない」ということが間違っていたのかもしれないと思うようになりました。その頃、三浦綾子さんの本を何冊か読み、あのように熱く神を語る人がいることに驚き、その影響もあって、神がいるとはどういう事かを、実際に「神はいる」と言っている教会に行って聞くことにしました。
思い立ち、最初に行ったのはプロテスタントの教会でしたが、その日、牧師は留守でした。そこで、すぐ近くにあったカトリック教会に行き、グリフィン講座に参加することになり、神の説明を聞いた時、パウロ的回心が起こり、学びを終えて洗礼をうけた次第です。
ところが、当時からその教会は、信者・カテキスタ・神父、皆が喧々諤々対立し揉めていましたので、受洗後の勉強会や祈祷会もなく、子育ての問題が信仰的に解決されないばかりか、すぐに教会学校を担当することになり、気が付けば、自分も争いの中に巻き込まれていってしまっていました。悩んでいた私にプロテスタントだったら聖書を教えてくれるよとの友人のアドバイスを受け、カトリックに在籍しながら、牧師に事情を説明しプロテスタントの教会に通い、教理を学び、もっと知りたいことが出てきたので、神学校に入りました。ここで私は「信仰義認」の事を聞いて、あまりにもカトリックとの違いがある事がわかり、感動して、初めて「自分の救い」の喜びの体験をしました。
また、当時は、健康心理士の資格を修得し、カトリックの修道院が経営する心療内科心理相談室で心理士の仕事に従事していました。患者様は、精神疾患を持つ未信者、信仰的な問題やこの世的な困難や病気を持っている信者、聖職者達で、礼拝は職場の礼拝堂で与り、学びは神学校で受けるという複雑な環境の中で多くの苦労がありました。しかし振り返ってみると、カトリック・プロテスタントの様々な信仰の姿に接することが出来た事は後年の私の信仰と活動に大変に益となりました。
そうこうしている間に、神学校での学びと職場での現状から、一般的な心理学では解決できない霊の治療(後に私が聖霊療法と呼ぶもの・霊的対話)があることに考えが至り、職を辞しました。又、カトリックの教えに多くの疑問が出てきて、神学校を卒業した後、2004年に家族全員でカトリックからプロテスタントに改宗しました。その後は福祉職で働きながら2006年に牧師として按手され、2011年には家で牧会カウンセリングルームを、2012年には家の教会ハウスチャーチオアシスを立ち上げ、イスラエルをタイムテーブルとした終末論や霊的同伴を学び、2022年11月に今の形であるキングダムピープルミニストリーを開いた次第です
見張り人管理者の熊谷さんとは家の教会つながりで知り合い、連絡を取り合っていました。共通する考えが多く、その活動に賛同し、2023年9月よりメンバーの一人として参加させていただく運びとなりました。
何よりも私が体験的に語れる分野は、カトリック教は三位一体の神が書かれた聖書に基づくキリスト教ではない事、プロテスタントとのエキュメニカルはまやかしである事、信仰が堕落し指導者と呼ばれる人たちの傲慢によって教会がカルト化している事、様々な聖霊に対する誤解(異言を含めて)がある事です。また、近年、子供たちにまでも広がっているLGBTQも全く非聖書的で、回心もなく進んでゆけば、実際には地獄が待っているだけです。これらの状況に、神様、イエス様、聖霊様は痛み、傷つき、涙しておられます。
戦争・疫病・経済・気象・偶像礼拝・腐敗した文化・道理の逸脱等、様々な状況から見て、今は終末時代にあります。愛が冷え、多くの偽りの教えがはびこり、偽りの教師が闊歩しています。多くの間違いと嘘により、魂・肉体が汚され、新生した霊のコントロールを受けられなくなっています。安易な楽しいと見える道は広いですが、そこには永遠の滅びがあるだけです。真のクリスチャンの道は狭いですが、そこは狭いように見えても、真理によって自由にされた者には実はとても進みやすいのです。
日々刻々と、空中再臨は近づいています。私もまだまだ、聖化の途上です。罪を犯すし、惑わされることもあります。しかし、そのたびに悔い改め、キリストの道をしっかりと最後まで走り抜けてゆきたいと思っています。
指導者のいない、多くの希望を失ってさまよう子羊たち、困難を抱える教会難民の為に、このサイトの働きが、ますます用いられますように。愛を持って囁かれる神の言葉を、一人でも多くの方に届けられ、霊魂が覚醒しますように。
このサイトを訪れられた皆さま、私たちと一緒に、目を覚まして、耳を開け、携挙に、千年王国に、新天新地に備えていきませんか。
